Column
2026年2月26日更新
まず、“コモドドラゴン”という呼び名ですが、以前は“コモドオオトカゲ”と呼ばれることが多かったです。最近よく聞くのは、コモドドラゴンという名前の方です。
英語ではコモドドラゴン(Komodo dragon)が一般名称です。学名はVaranus komodoensis(バラヌス・コモドエンシス)といいます。
日本では、「ドラゴン」という呼称が空想的な言葉で、想像上の生き物のようなので忌避され、世界最大のトカゲであることから「コモドオオトカゲ」という名が正式な学術的な和名として命名されました。そして、今でも「コモドオオトカゲ」が正式名称です。
そのため、日本で現在唯一飼育する名古屋市の東山動植物園では、公式にコモドオオトカゲと呼んでいます。
ですが、別の記事(昭和天皇に献上されたコモドドラゴン)でも書いた通り、戦時中に海軍は日本に持ち帰った個体を昭和天皇に献上する際に「蛟龍」、つまり“竜の幼生”(ドラゴンの仔)と呼んだんですね。
史上初めて来日した2頭が、コモドドラゴンとして来たというのが興味深いです。
そして、旧海軍が呼んだように、水牛をも喰らってしまう最強の爬虫類の風貌は、まさに「ドラゴン」をほうふつとさせますし、次第にコモドドラゴンという名前が定着しつつあるように思います。
コモドドラゴン(コモドオオトカゲ)の生態についての研究が進み、最近になってわかってきたことがかなりありますので少しご紹介したいと思います。
まず、世界最大のトカゲであるコモドドラゴンが、オーストラリアで進化した巨大なトカゲ・メガラニアの生き残りであり、その祖先は更新世に絶滅した多くの巨大動物の特徴と酷似している、つまり恐竜の生き残りだという証拠が次々発見されているというのです。
コモドドラゴンは、「天敵のいない島という環境で、独自の進化を遂げて巨大化した」と考えられていたのですが、現在では恐竜の後継として存在したオーストラリアの巨大爬虫類メガラニアと極めて近い系統にあり、共通の祖先をもつことがわかってきました。メガラニアは全長5~7メートルにも達したとされますが、いまから4~5万年前に絶滅しています。
コモドドラゴンは海位の変化に伴い現在のインドネシアの島々に分布を広げましたが、オーストラリア大陸の個体群は人間の増加に伴い絶滅し、コモド諸島に残ったものだけが生き残りました。
コモドドラゴンも、偶然が重なった環境で細々と生息してきたために生き残りましたが、絶滅危惧種に指定されている通り、もうあと少しのところで絶滅するところでした。
生物学における一般的な進化の形態としては、伝統的にコモドオオトカゲが大きくなったのは、いわゆる「島しょ化」(小型動物が、捕食や他種との競争が減少することにより、大陸の近種と比べて巨大化すること)という生物学的現象の一例だと思われていましたが、その生息地はコモド島(生息数約1400頭)だけでなく、リンチャ島(約1500頭)、デサミ島(100頭)、ギリモタン島(100頭)などの小さな島々、さらにフローレス島北部および西部(最大2000頭)にも生息するなど、巨大化の根拠として矛盾すると指摘されています。なお、コモドドラゴンは絶景で有名なパダール島では、かつて生息していたものの、頂点捕食者(天敵を持たない肉食動物)であるがゆえに獲物が皆無となって最近絶滅したとみられていましたが、2024年時点で31頭の生息が確認されています。
また、「生物地理学の父」と呼ばれるアルフレッド・ラッセル・ウォレスが発見した動物分布によって、ロンボク海峡の東側では、有袋類の哺乳類やオウムなどのオーストラリア由来の動物が多くを占める(ウォレス線)ことから、東側にあるコモド諸島のコモドドラゴンもオーストラリアと同系だとする説が有力です。
これが、前述したメガラニアの生き残りだとされる根拠にもなっているのです。
コモドドラゴンは非常に大きな体躯をもつことで知られています。
大きな個体では体長3メートル、体重100㎏を超えるドラゴンも確認されています。
ちなみに、後述する東山動物園のタロウは、2025年時点で14才、体長2.7メートル、体重は50㎏と平均的なオスのサイズだと言えそうです。
寿命はというと、これまた長寿であり、30~50年生きるとされています。ヘビの仲間であるボールパイソンで10~15年、東南アジアに幅広く生息するトッケイヤモリで約10年と比較してもかなりの長寿であり、逆に長寿の代表格とされるリクガメの30~70年と同等ということができます。
つまり、コモドドラゴンはカメと並んでもっとも長寿な爬虫類ということができるというわけです。
さらに、コモドドラゴンは動きが敏捷であることが知られていて、時には島の山中を1日に10キロメートル以上も動きまわることがわかっており、それは観光でコモド島を訪れても、元気な若い個体などがてくてく歩き続けているのを見ることができますが、なるほどとうなずける点ですね。
そして、コモド諸島のなかのいくつかの島にしか生息していない理由として挙げられているのが、帰巣本能があることです。
コモドドラゴンは、上述したように運動能力が高く、長距離を移動することもでき、海を泳ぐこともできるにも関わらず、生活環境が変わることを極度に嫌うようです。
これは、ある研究でコモドオオトカゲを別の場所に連れて行った実験を行ったところ、数ヶ月かけて元の場所に戻ったことを見てもわかります。
新天地での適応能力が個体数の減少につながったという説もあり、最強の爬虫類でありながら、かわいい側面も持つことが伺い知ることができます。
コモドドラゴンは、5月から8月ごろ交尾し、9月に産卵します。この時期には大きな塚を見ることができますが、これがつがいの巣穴です。爬虫類では非常に珍しく一夫一妻制を形成しているとされています。観光客が訪れる際には、繁殖期には刺激を与えないようレンジャーの指示に従うことが強く推奨されています。
エサの少ない島々では、時として共食いが行われるので、若い個体は生命を守るために木の上で生活します。また、コモドドラゴンは単為生殖することが知られていますが、これはオスがいなくなったとしても、メスが有精卵を産み、子がオスとなれば両性が揃い、絶滅を回避できるという進化形態だと考えられています。
コモドドラゴンが人間を襲うというのは、最近では食べられた例がないのでわかりませんが、もっとも危険なのは警戒心が強い若い個体やメスだとされています。2024年にもシンガポール人観光客が太ももを引っかかれて重傷を負っていますが、その際もレンジャーと行動をともにしていなかったことが原因であり、いかにレンジャーが重要かということを物語っています。
また、面白いことに、樹上で生活するコモドドラゴンの幼体は昆虫を食べて大きくなることが分かっており、成体になるにつれて哺乳類を食べるようになるという、食性が変化することが興味深いです。
コモドドラゴンは「生きている恐竜」と称されることもありますが、分類学上は恐竜の直接の子孫ではありません(鳥類が恐竜の唯一の生き残りです)。
しかし、コモドドラゴンは肉食恐竜、特にティラノサウルスなどの獣脚類が持っていた進化の形態と共通する特徴を、現在も色濃く受け継いでいます。
たとえば、コモドドラゴンの頭蓋骨には多くの関節を持ち、獲物を飲み込むときには、その関節が柔軟に動くことがわかっています。驚くことに、コモドドラゴンの頭はエサを食べるために動くのです。そして、恐竜もこれらの頭格構造を持っていて、大きな獲物を捕食するために進化したと考えられているのです。
また、コモドドラゴンには5本の指がありますが、地面につく足跡の形状は3つ指の形をしており、二足歩行をしていた肉食恐竜の名残を感じさせる要素といわれています。
コモドドラゴンが肉食恐竜の生き残りなのではないかと考えられるもう1つの理由が、その歯にあります。2024年になってわかった事実では、コモドドラゴンの歯は約40日で新しい歯に生え変わり、鉄でコーティングされていたことがわかりました。また、ティラノサウルスなどの恐竜にしか見られない“ジフォドント歯”と呼ばれる鋸歯状の歯を持つ唯一の陸生脊椎動物であることも指摘されています。この鋭い剣のような歯によって、大型動物の獲物でも捕らえたら逃さず、分厚い肉でも切り裂くことができるのです。
なお、コモドドラゴンの歯の生え変わりのスピードはほかのオオトカゲ科の種とは大きく異なる部分で、まったく異なる進化を遂げ、こういった特異な捕食戦略を身につけていったことがわかっています。
まだ研究はスタートラインに立ったばかりですが、はっきりしていることは、コモドドラゴンが現生の動物としては非常に稀有な存在であることは確かです。絶滅危惧種であるのにあまり研究対象にしてしまうのはどうかと思いますが、このように“真の意味での希少種”なんだということを知ったうえでコモド観光をされると、またひと味違って見えるのではないでしょうか。
コモドドラゴンは、長い間唾液に含まれる菌によって引き起こされる敗血症で獲物を死においやると考えられてきました。
しかし、2009年に発表された論文で、コモドドラゴンに咬まれ深い傷を負った場合、低血圧に陥り、止血が困難となり、ショック状態になって衰弱することわかったのです。
これは、オーストラリア内陸部に生息する毒蛇タイパンの神経毒と性質が似ていることから、コモドドラゴンがここでもやはりオーストラリア由来のオオトカゲの生き残りであることを示唆しているとみることができます。
なお、コモドドラゴンのオス同士は、繁殖期(5〜9月)にメスを巡って「コンバットダンス」と呼ばれる激しい格闘を繰り広げますが、ドラゴン同士で噛み合っても、この毒成分による影響は受けないことがわかっています。
つまり、元気な成体同士では共食いは起こらないと考えられ、実際活発な成体が別の個体に捕食された例は確認されていません。
また、コモドドラゴンの特徴として、舌をよく出しますが、決してお腹がすいているというわけではなく、舌をペロペロ出して空気中の匂い粒子をキャッチし、ヘビなどと同じくヤコブソン器官で化学物質を分析、なんと9km先の死体の匂いも感知するのです。 そして、舌が二股になっていることで、匂いを立体的に感じ取ることができ、鼻の代わりに機能しているというわけです。
さて、地元コモドの人々にとってのコモドドラゴンは、単なる動物ではなく、自分たちと血のつながった兄弟であるというアニミズム的な存在でもあります。コモドドラゴンの伝説についても触れておきたいと思います。
森での劇的な再会
数年が経ち、オランは立派な青年に成長しました。彼は森の中で狩りや冒険の日々を送っていました。
ある日、オランは森の中で見たこともないほど巨大で恐ろしいトカゲと遭遇しました。トカゲは唸り声を上げ、オランに襲いかかろうとします。オランは島の住人を守るため、トカゲを討ち取ろうと武器を構えました。
まさにオランがトカゲに止めを刺そうとしたその瞬間、一人の女性が二人の間に割って入りました。それは、二人の実の母親である王女でした。
共存の誓い
王女は悲痛な面持ちでオランを制し、この巨大なトカゲが、オランの双子の妹であるオラであることを明かしました。
「オランよ、このトカゲはあなたの妹です。私たちは皆、同じ母から生まれた血を分けた姉妹であり、家族なのです」
オランは衝撃を受けながらも、王女の言葉を受け入れました。彼はオラを殺すことをやめ、王女は、コモドドラゴンがこれからも島で生き続けることを誓わせました。
この伝説は、コモド島の住民がコモドドラゴンを単なる野生動物として扱うのではなく、同じ島に住む兄弟姉妹として、尊重し、共存していくという強い教えとして、今も語り継がれています。
画像はタロウくんの母ヨーコ。シンガポール動物園にて(Source: Antara/Ujang Zaelani)
2024年8月、日本の東山動物園に待望のタロウくんがやってきました。
タロウくんの母親はヨーコといい、かつて上野動物園で飼育されていた個体です。
ヨーコ(上の画像)は繁殖のためにシンガポール動物園に貸し出され、タロウくんを産みます。
そして、タロウくんはお母さんがいた上野動物園に行く予定でしたが、スペースの関係で東山動物園に行くことになったのですね。
ちなみに前述したとおり、上野動物園には、ヨーコの前に戦前昭和天皇に献上されたつがいのコモドドラゴンがいて、飼育されていました。
こちらのドラゴンはやはりコモド諸島で捕獲され、日本にやってきましたので、実は日本とコモドドラゴンの関係はかなり長い歴史があることがわかります。
コモド島までお越しになる機会はそう多くないと思われますので、この記事をご覧になったら、まず東山動物園に足を運ばれたら如何でしょうか?きっとコモドドラゴンが好きになると思います。
※本記事はサラトラベルの独自取材によるオリジナルコラムです。無断転載・複製を禁じます。
※こちらもよく読まれています。あわせてお読みください。
・コモドドラゴンは人間を食べるか?
・コモドドラゴンに天敵はいるのか?
執筆者: Sara Hashimoto
コモドのツアーはこちら